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神戸地方裁判所 昭和62年(行ウ)11号 判決

神戸市中央区小野柄通七丁目一番一八号三宮ビル

原告

大竹貿易株式会社

右代表者代表取締役

上原満男

右訴訟代理人弁護士

田宮敏元

香山仙太郎

同区中山手通二丁目二番二〇号

被告

神戸税務署長

田中良治

右指定代理人

白石研二

国府寺弘祥

宮崎孝夫

川崎将

福崎豊

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和六〇年五月二三日付けでなした原告の昭和五七年三月一日から昭和五九年一二月三一日までの源泉徴収に係る所得税の納税告知処分及び不納付加算税の賦課決定処分をいずれも取消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、電気製品の輸出を業とする株式会社である。

原告は、昭和五七年三月から同年一二月までの間原告の代表取締役であつた大竹成正(以下「成正」という。)が所得税法二条一項五号にいう非居住者に該当する者として、同期間に成正に支給した役員報酬(別表3の一中「〈1〉給与支給額」欄のとおり)に対する所得税(同表中「〈4〉既納付税額」のとおり)を源泉徴収のうえ納付した。

ところが、被告は、成正は同法二条一項三号にいう居住者に該当するし、しかも、昭和五二年三月から昭和五七年二月までの成正に支給した役員報酬につき、同人が前記居住者であるとして昭和五七年三月三一日付けで被告のした告知処分の税額合計二二四五万〇九五六円を、原告が先納付したことに対し、この金額を原告が成正に貸付けたものと同視し、同人に対する経済的利益供与があったものとして、右金額に対する年一〇%の利息相当額を毎月の給与とし、昭和五七年三月から同年一二月までは、認定利息(別表4の2〈4〉及び別表4の3〈4〉)のみを給与として計算し、既納付額との差額につき、別表1のとおり、納税告知(以下「本件告知」という。)及び不納付加算税の賦課決定(以下「本件決定」という。)をした。

原告は、昭和六〇年六月二四日、異議申立てをしたところ昭和六一年一月六日付けで別表2のとおり、一部取消決定(その明細は別表3の1より別表4の4までのとおり)を受け、昭和六一年一月三一日、国税不服審判所長に対し審査請求したところ、昭和六二年一月一四日付けで、請求を棄却する旨の裁決を受けた。

2  しかしながら、本件告知及び本件決定は、以下のとおり、いずれも違法である。

(一) 成正は、1の課税対象期間、所得税法二条一項三号の居住者でなかった。

(二) 本件告知の課税要件法定主義(憲法八四条)違反

源泉徴収にかかる給与所得者(以下「受給者」という。)の所得税はその支給を受ける時に確定するが(これを以下「確定税額」という。)、この確定税額とは、支払の際受給者の申告に基づいて、所得税法一八五条に定める計算によつて自ずから決定される税額である。

原告は、成正から、昭和五一年八月六日、福井市中町一丁目一三〇七番地より香港マクドネル通り一一四グロスベナーハウス二〇四号に移転した旨の申告を、また、昭和五六年五月六日、香港ケインロード一一〇-一一八オンフンビルD-二二号に移転した旨の申告を受けたので、同人の申告が香港政庁の人民登録法に基づく正規の証明書によりなされていることを確認して、同人を非居住者として取扱うことにした。

従つて、本件では、成正を非居住者として算出された額が確定税額である。

しかるに、被告は、自己の調査によれば、成正は居住者であるとして所得税を計算し、原告の既納付額との差額を源泉徴収義務者(以下「支払者」という。)たる原告から徴収すべき不納付所得税であるとして、所得税法二二一条、国税通則法三六条一項二号により、本件告知に及んだものである。これは、単なる所得税の徴収及び納付に関する国税通則法三六条一項二号を、所得税を更正決定する目的で適するもので、憲法八四条に違反する。

(三) 告知・聴聞・弁解の機会の欠如

支払者である原告に対する本件告知により実質的な更正決定をすることが許されるとすると、受給者(源泉納税義務者)である成正は、何ら告知・聴聞・弁解の機会を与えられることなく財産権を侵害されることになり、憲法三一条、二九条、三二条に違反する。原告は、成正から源泉税額の返還や損害賠償の請求をされるおそれがあるから、成正のなしうる前記違憲の主張をするにつき、憲法訴訟上の当事者適格を有する。

(四) 認定利息の前提である原告から成正への経済的利益供与はない。仮に経済的利益供与があつたとしても、これに対する利息の利率は、民事法定利率年五%にすべきである。

(五) 正当の理由

原告は、前記のとおり、成正の提出した申告書類をもとに形式的審査を尽くしているのであるから、たとえ納付税額が確定税額に不足していたとしても、その不足額につき、法定納期限までに納付しない正当の理由(国税通則法六七条一項但書)がある。

二  請求原因に対する認否

1は認め、2は争う。

三  被告の主張

1  成正の住所

成正の国内外滞在日数は、別表5記載のとおり、同人の出入国の状況は、別表6記載のとおり、同人の国外滞在期間中の所在は、別表7ないし9のとおりである。

以上によれば、成正は、国内に住所を有すると言うべきである。

2  認定利息

原告は、昭和五七年三月三一日付けで被告から、昭和五二年三月から昭和五七年二月までの成正に対する役員報酬につき源泉所得税二二四五万〇九五六円の納税告知処分を受け、昭和五七年四月三〇日に右税額を納付したが、この金額及びその後に毎月発生した徴収不足額を、以後成正に支払うべき役員報酬から控除せず、同人に対する仮払金として処理し、以後、同人に対し請求しないまま会計上も未収利息として計上していない。

昭和五七年四月三〇日当時の銀行貸出約定平均金利は、全国銀行で七・二三六(都市銀行七・〇五三、地方銀行七・三三五、信託銀行六・四九二、長期信用銀行七・九五一)、相互銀行七・九一〇及び信用金庫八・五〇四(いずれも単位は年率%)である。

四  被告の主張に対する認否

1は不知、2の前段は認め、同後段は明らかに争わない。

理由

一  請求原因1(本件告知及び本件決定に至る経緯)については、当事者間に争いがない。

二  成正の住所

成立に争いのない乙第一ないし三号証、第四号証の一ないし一七、第五号証の一ないし三、第六号証の一及び二、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第九号証、弁論の全趣旨によれば、被告の主張1の事実が認められ、すると、成正は、当該期間中、頻繁に出入国を繰り返しているものの、国外の滞在期間はいずれも短期であるから、わが国を活動の本拠としつつ必要に応じて国外に出向くにすぎないと評するほかなく、同人の生活の本拠は国内にあると言うべきである。よつて、同人を居住者(所得税法二条一項三号)とした被告の認定は、相当である。

三  本件告知の憲法適合性

所得税の源泉徴収義務は、所得の支払いの時に、何らの手続きを要しないで確定する(国税通則法一五条二項二号)・そして、ここで確定する税額とは、支払われた所得の額及び法令の規定から法律上当然に算出される額をいうと解するのが相当である。もつとも、こう解すると、多数の受給者を使用する支払者は、右税額の構成要件該当性の充足について実質的に吟味しない限り、後日納税告知(同法三六条一項二号)を受ける不利益を被るおそれがあるけれども、このような事例は比較的稀なことと考えられるうえに、支払者は、告知により税務当局の考えを知った暁には、その不足額を納付したうえでその直後に支払われる給与等から右納付額を控除するだけで実質的な自己の経済的負担を回避することができることを考慮すると、支払者の受ける不利益は事務処理上の経費の増大にとどまると言うべきであり、この程度の不利益であるならば、所得税の源泉徴収制度を維持していくためには、受忍すべきである。されば、右の確定税額に基づいて納税告知することは、憲法八四条の課税要件法定主義に違反するものではない。よつて、右の確定税額に基づいてなされた本件告知は、憲法八四条に反しない。

四  成正の手続保障

受給者である成正は、支払者である原告から納税告知にかかる税相当額について求償権の行使を受けた際、自己の源泉納税義務を否認し、その請求を拒むことができ、また、原告が後に支給される給与から右税相当額を控除したときは、成正は、右額の未払給与の支払請求権を行使し、損害を回復することができる。されば、本件告知に関し、成正の手続保障に欠けるところはない。

五  認定利息

被告の主張2前段(成正への不請求の経緯)については、当事者間に争いがない。原告のこの不請求により、成正は同金額を手許に留保することによる経済的利益(同法三六条一項括弧書)を原告から供与されたと評価することができる。この経済的利益は、同金額の金銭の果実と言うべきであるから、当時の金融機関の貸出金利を参酌するも、租税負担の公平の観点から、合理的な範囲内でこれを上回る利率を用いることができると解するのが相当である。当時の金融機関の平均貸出金利が被告の主張2後段のとおりであることについては原告は明らかに争わないから自白したものとみなす。すると、被告が右金銭の果実として年一〇%の利率を用いることは、右許容の範囲内にあると認められる。よつて、認定利息に関する被告の取扱は、適法である。

六  不納付加算税

原告が本件告知の税額を法定納期限までに完納しなかったことは、当事者間に争いがない。

源泉徴収に係る所得税は、特別の確定手続きを経ることなく、法律上当然にその納付税額が確定するとさだめる現行の源泉徴収制度は、徴税・納税の能率と便宜に資するが、他方、源泉徴収義務者(支払者)に対し、給与の支払いの際に納付税額を確保することの困難から派生する不利益を課するものであるから、課税要件法定主義(憲法八四条)の法意に照らし、源泉徴収義務者が給与の支払の際にその納付税額をできる限り明確に把握することができるように配慮すべきである。加えて、源泉徴収義務者は、通常、多数の受給者(被用者)を抱えているため処理すべき源泉徴収の事務が膨大であるうえに、課税要件の充足について実質的に調査する強制的権限を全く有しない現状を鑑みると、受給者の申告内容に特に不審な点がない場合、これに基づき納付税額を正しく算出している限り、後に納税告知を受けた場合でも、この告知に係る税額を法定納期限までに納付しなかったことについて正当の理由(国税通則法六七条一項但書)があると言うべきである。

これについて本件を見るに、原本の存在及び成立につき争いのない甲第一号証の一及び二、成立に争いのない甲第四号証の官署作成部分、乙第一ないし三号証によれば、成正は、原告に対し、成正が昭和五一年以来香港に在住する旨の在香港日本国総領事作成の在留証明書を添付して、住所を右のとおりとする「昭和五七年分給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」を提出したことが認められる。しかしながら、他方、前叙のとおり、成正は昭和五七年三月から同年一二月までの間原告の代表取締役であつたこと、原告は、昭和五七年三月三一日付けで被告から成正を居住者とした納税告知を受け、成正の住所に関する被告の判断を知つたことをも総合考慮すると、原告は、本件告知に係る納付税額について、同告知の前に、被告と個別に連絡するなどして臨機な対応をすることができたと言うべきであるから、前記正当の理由があると評価することはできない。

七  結論

その他に、本件告知及び本件決定を違法とする事由は認められないから、右両処分とも適法である。

よつて、本訴請求はいずれも失当であるので棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、注文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 林泰民 裁判官 岡部崇明 裁判官 井上薫)

別表1

〈省略〉

別表2

〈省略〉

別表3の1

〈省略〉

別表3の2

〈省略〉

別表3の3

〈省略〉

別表3の4

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別表4-1

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別表4の2

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別表4の3

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別表4の4

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別表5

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別表6

大竹成正の出入国状況表

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別表7

昭和57年

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別表8

昭和58年

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別表9

昭和59年

〈省略〉

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